日本信号 歩行者用灯器

Signal from みやぎ 掲示板


《日本信号兜熏s者用灯器》
日本信号鰍ヘ古くから信号灯器を製造していた信号三大メーカー(京三製作所・小糸工業・日本信号)のうちのひとつです。初代歩行者用灯器からごく最近のものまでは京三製作所と共通の筐体が用いられていました。
昭和40年代〜昭和60年代前半までは左写真の様な“弁当箱”と呼ばれる四角い筐体が用いられ、昭和60年代後半からは角張った三角形をした筐体となっています。形式は初代のものから“ED〜”が用いられており、末尾に付く英文字でレンズ等の分類をしているらしく、非常に色々な形式番号を見ることが出来ます。電球式の灯器では、小糸工業の様な独自レンズではなく、車両用灯器と同じく、スタンレー社のレンズを装備していました。初期のものはプラスチック製のレンズで、長時間点灯する電球の熱に耐えられず、レンズ焼けを起こし、黒ずんでしまっているものが多数見られます。昭和50年代からは耐熱ガラスのレンズに変更され、人形部分も透過するようになりました。
21世紀に入り、LED灯器が本格的に生産されるようになると、日本信号鰍ヘ従来型の角張った三角形をした筐体にLEDユニットを取り付けたものを登場させました。人形レンズの下に粒LEDを並べたタイプで、明るい場所などでは点灯時にLEDの粒が確認できる場合があります。
なかなかモデルチェンジをしない会社ですので、京三製作所がオマルタイプの歩行者用灯器を登場させた後も、従来型の筐体を現在も生産し続けています。



(1)初代-1 歩行者専用信号灯器(ED2000A) 撤去済

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・メーカー…日本信号株式会社
・名称…歩行者専用信号灯器
・形式…ED2000A 
(補)青レンズ拡大画像
・製造年月…1966年11月
・撮影場所…宮城県仙台市青葉区本町
既にニホントキ級の珍しさとなった、オリジナルの日本信号初代歩行者用灯器です。主だった特徴としては、青レンズの庇が、赤レンズのものと比べて半分程度の深さとなっていることと、プレートが灯器背面ではなく横面に取り付けられていることが挙げられます。2004年までは現役で活躍していたのですが、現在は撤去済のため、仙台市内での現存数はゼロとなりました。私の調査では、宮城県内では、大河原町に一基が残るのみとなっているようです。このED2000Aはツルツルレンズタイプで、ED2000Bが模様入レンズです。ツルツルレンズという名前こそついておりますが、補足画像の通り、ブツブツグラデーションの様な粒が入っています。


(2)初代-2 歩行者専用信号灯器(ED2000B)

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・メーカー…日本信号株式会社
・名称…歩行者専用信号灯器
・形式…ED2000B
・製造年月…1967年(?)2月
・撮影場所…宮城県柴田郡大河原町
こちらは未だ現役第一線で活躍している初代ED2000です。(1)のタイプと違い、ED2000Bとなっており、オリジナルのレンズは模様入りのものです。残念なことに、この灯器のレンズは赤、青共に交換されている上、筐体が再塗装されているため、設置当時そのままというわけではありません。しかしながら、青の庇が赤の庇より短い点など、当時の面影を偲ぶ事ができます。何故か(1)のED2000Aとは反対側にプレートが取り付けられています。私の調査ですと、宮城県内に残る初代のED2000はこれが最後の一基となってしまったようです。


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